童話『笑顔の力こぶ』に寄せて

国のかたちは、歴史の中に、想像の翼が風を受けて高く舞い上がる「神話」があり初めて、世界に認めらます。
この国には幸いにして、今から千三百年も以前に、最古の歴史書『古事記』『日本書紀』が編纂されました。この中に、「神々の誕生から国生み」神話が色彩豊かにちりばめられています。
海に囲まれ、緑なす山々に抱かれたこの国にふさわしい神話は、時代を超えてわたしたちに命の息吹を与えてくれます。
 
神話の一片に、どうしても解けない「水蛭子(ぴるこ)」「蛭児(ぴるご)」問題があります。
これまであまたの研究がなされましたが、この問題の解釈をあまりにも酷く扱い、神々の第一子にも拘わらず、その神聖さや尊さをないがしろにし、貶めているのです。いくらなんでも、許されることではありません。
 
いえ、さらに言えば、「水蛭子(ぴるこ)」「蛭児(ぴるご)」神話そのものが実に、不自然なのです。『日本書紀』には、「生蛭兒、雖已三歲、脚猶不立」(ぴるご生まれ、三歳に成ったが、脚立たず)と表記されています。
「神々の子」であろうと「人の子」であろうと、身体に障害を持って生まれたからと言って、その子を葦舟に入れて川に流す親がどこにおりますでしょう。許されて良いはずもありません。まさに神でもなければ、人でもないのです。
 
この童話『笑顔の力こぶ』は、日本の神話に、このようなちょっと理解できない一片が存在することを広く知って頂きたいこと、さらにこのような普遍的な問題の意義と意味、責任を新たに問い、ピュアな魂を持った、昔はこどもだった大人の人たちに、この国の未来をご一緒に考えて頂きたいと願うものです。
 
日本の神話の源流に溯ることの努力を、決して惜しんではなりません。
 
この理不尽とも言える日本神話の世界に、「水蛭子(ぴるこ)」「蛭児(ぴるご)」たちが、知恵とユーモア、勇気を育み、力を合わせ、励まし合いながら、お互いが自らの運命をも超えていく「笑顔の力」を鍛える物語です。
 
「笑顔の力こぶ」
わたしの名前はまだ無いの!
だって、生まれてまだ三日だもの。
でも、わたしの運命は決まっているの!
お父さんはイザナギ、お母さんはイザナミ。
 
わたしは生まれつき、身体に骨らしいものが無くて、父と母はわたしの名前を水生動物に喩えて「蛭子(Piruko)と呼ぶの。
だからわたしは自分で命名したの。
季節のお花が大好きだから、「花ぴる子」って。
 
運命は父と母が、わたしを「葦舟に乗せて川に流す」と決めたことから始まったわ。
でもね、わたしは自分の力で運命を少しずつ変えよう!と決心したの。
川に流されるくらいならと、わたしは高く高くジャンプして「天の川」(ミルキーウエイ=乳の川)に葦舟を浮かべたの。
そう、子どものころ、夏になると夜空を見上げた思い出の中に、白い乳の道「天の川」を眺めて、宇宙の神秘に打たれたでしょう。
ところで、ミルキーウエイを乳の川と呼ぶことの意味をご存知?
天の川の湖畔には、季節の花々が色とりどりに毎日のように咲き、良い香りに満ちているの。
 
春にはスミレ、カタクリの花、山吹、りんごの花、マンサクの花。
春の七草は、「芹(せり)、薺(なずな)、御形(ごぎょう)、蘩蔞(はこべ)、仏の座(ほとけのざ)、菘(すずな)、蘿蔔(すずしろ)」でしょう。
夏には合歓(ねむ)の花、朝顔、槿(むくげ)、凌霄花「霄(そら)を凌ぐ花」(ノウゼンカズラ)・・・
秋の七草は万葉集に収められている山上憶良の二首の歌があるのよ。
「秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびをり) かき数ふれば 七種(ななくさ)の花」
「萩(はぎ)の花 尾花(おばな) 葛花(くずばな) 撫子(なでしこ)の花 女郎花(おみなえし) また藤袴(ふじばかま) 朝貌(あさがお)の花」
冬には皇帝ダリア、雪割草、雪の花・・・
 
そして、わたしが「天の川」に葦舟をゆっくりと進めると、お友達がたくさんいて、どの子も葦舟に乗っていて、笑顔の手を振ってくれるの。良く見ると、どの子も足が立たないように思えたわ。
でもね、どの子も自分の運命を超えようと、心で天まで飛び上がったのよ。
 
ここで、大切な方をご紹介しておくわ。どの子の葦舟にも、舟を漕ぐ方がいらっしゃって、お名前をツクヨミ様と呼んでいるわ。ツクヨミ様は月明かりのように落ち着いて柔らかな光を纏って、いつも、わたしたちを見守っていてくださるの。
わたしは、それぞれの舟漕ぎのツクヨミ様に声を掛けて、「みんなを遠くのお星様のところへ連れて行って!」とお願いしたわ。
それぞれの葦舟は、四方八方に漕ぎ出したの。笑い声が天の川のさざなみのように静かに広がり、いつまでも響いていたわ。
 
わたし花ぴる子は先ず、木星の衛星「エウロパ」に着いたわ。友だちは土星の衛星「エンケラドス」に向かったわ。またある子は「プレアデス=昴星」にも着いたわ。
 
花ぴる子は、子どもたち皆んなに、独楽(こま)回しを教えたいと思ったの。
つまりね、大宇宙の星々を独楽にして、そこで独楽回しを楽しんで、と伝えておいたの。
面白いことに、ある星では、独楽回しの回転を逆にした子もいて、大笑いをしたの。
ね! 星の回転は決まっていると思っていたけれど、大宇宙の星たちの中には逆回転をしながら、笑顔を宇宙に撒いているのよ。これほど愉快なことってほかにある!
 
そして、ある日、花ぴる子は地球に戻って来たの。
日本という国の「沖ノ島」に葦舟を着けてもらい、そこにお家を建ててもらって、自分の住むところにしたのよ。
 
花ぴる子はここで、あの不思議な透明な形「勾玉(まがたま)」を作り始めたわ。それは、この勾玉を月の光にかざすと、生きる力が湧いてきて、だれにも笑顔や勇気を与えることができるようになるの。
 
それから、「子持ち勾玉」も作ったわ。この「子持ち勾玉」を掌に包んでお祈りすると、どんなに小さな子どもでも、運命を変えていく力を呼びこむの。花ぴる子のお友達にも作り方を教えてあげるわ。
 
ねぇ、思い起こして欲しいの。
花ぴる子の友達は皆、足が立たなくて、両親によって葦舟に乗せられて川に流される運命だったことを。
花ぴる子たちは親に棄てられ、一体どこに行けば安心して生きて行けるの?
一体だれが、花ぴる子たちを見守り育てて下さるの?
 
だから、花ぴる子たちは自分で運命を超える知恵と勇気を身につけたわ。宇宙の星々を独楽(こま)に見立て、回転を与えて遊び楽しむことも学んだわ。
 
運命を決して諦めさせない心と魂を、宇宙に日々生まれてくる赤ちゃんたちに、宿らせていることが、花ぴる子たちの使命なの。
魂の歓びは、自然の声を聴くことでもあるのよ。春のそよ風、夏の雷雨、秋の台風、冬の雪降る音。野鳥の囀りは宇宙の音楽なの。
 
 
 
生まれてくる子どもたちは皆んな一度でも、ぴる子たちに出合ってほしいのです。ぴる子たちに出合った子は、心に「笑顔の力こぶ」を抱くようになります。笑顔は自分で鍛え続けるものなのです。
決して諦めてはなりません。
 
どのような悲しみが待っていようとも、たとえそれが運命だとしても、必ずそれを切り拓き、超えて行くことが出来るのです。
 
「笑顔」は何よりも、出会う人たちを幸せにする魔法なのですから。
 
 
        令和三年文月吉日 佐藤さっぽう

佐藤 溯芳(さっぽう)

人間魚雷「回天」についての研究と日本書紀・古事記の歌謡を読み解く第一人者、佐藤溯芳(さっぽう)の経歴、活動についてご紹介致します。

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